RON塾ロゴ

RON進学塾のホームページです

元住吉(川崎)にある中学受験を応援する小学生専門塾「RON進学塾」です。 綱島・日吉・元住吉・武蔵小杉・新丸子から子供たちが集まり、夢に向かって歩いています。
「準備コース」
「受験コース」
塾長のおはなし
(なぜ「ロン」??)
スタッフの紹介
RONの風景(ブログ)
「はりきゅう通信」
新聞折り込み広告
学習の部屋
月間予定
入塾の仕方
18年度 受験結果
19年度 受験結果
20年度 受験結果
連絡先と場所
夏期講習について

「RON進学塾」のスタッフ紹介


向かって左から、倉又先生・吉岡先生・斉藤昌子先生・斉藤諭先生(塾長)


塾長のあいさつ    
 太平洋戦争の時、私の両親は中国の満州にいました。父親は満州鉄道に勤務し、満州鉄道で働く現地の人々の管理が主な仕事だったようです。当時、日本から来て、満州鉄道に勤務している人たちの生活は豊かだったようです。しかし、父親は給料のほとんどを現地の人たちのために使ってしまい、生活は苦しく、現地の人たちが届けてくれる野菜等でやっと生活していたそうです。終戦をむかえ、日本に引き上げる際には、多くの同僚が苦労したのに比べ、私の両親は、中国の方々に温かく見守られ、守られるようにして日本に引き上げることができたそうです。 その後、故郷である山形に戻り、仲間等と共に、山形の山奥を開拓して、『河倉村』をつくりました。戸数はわずか七戸の小さな村です。そこで私は生まれました。雪深いその地は(当時、3m以上の雪が積もりました)ある意味では不毛の地でした。働けど働けど生活は苦しかったと思います。しかし、私にとっては天国でした。村には小さな分校があり、たった一人の先生が、小学1年生から中学1年生まで、1教室で教えていました。勉強の合間に、先生や村の子供たちと一緒に、自然の中で走り回っていました。しかし、私が4年生になる前に、父親はその村を解散することを決心しました。その後、私の家族は大都会である大阪に引っ越ししました。
 満州時代の父親、そして開拓部落で組合長(村長)をしていたころの父親、そこに、あこがれをもっています。
(斉藤 諭) 

齋藤 昌子(さいとう しょうこ)    
出身 ウメボシ星 年齢205歳 UFOに乗ってやってきた・・・地球人のロンちゃんと知り合い22年間一緒。現在子供3人。子供の気持ちを一番に考え、親の気持ちを添えて、どの子も元気にパワフルに塾で過ごせるように、「おはよう〜」と声をかける宇宙人? 準1コースから6年生まで、笑いながら ビシッ! と一緒に勉強をしています。

吉岡 昌平(よしおか しょうへい)    
あだ名は「しょうちゃん」。元住吉で教え始めて6年を迎えようとしている男。出身は岡山県。広島で10年間、学業・研究に従事(?)し上京する。そこでロン氏と出会う。鍼灸師でもあり、午前中は治療、午後から塾という生活を送っている。本人曰く・・・「治療することと教えることって、かなりの部分で似ている気がします。」・・・塾では国語と理科を担当。刊行誌「共に歩む」には、"はりきゅう通信"と称して受験を中心とした健康コラムを掲載中。「RON塾に行けば、頭も身体もよくなるな〜。」←これが吉岡の目指すところ。

倉又 一敏(くらまた かずとし)    
あだ名は「クラちゃん」。新潟出身の朴訥な人。一番に塾に来て掃除を済ませ、塾長が仕事しやすいように場を作り、まわりに気遣いながら動く○○な人。受験コース6年生は社会を担当し、その他理科・算数・英語と・・・。暗記道場の考案者で、尻をたたきながらも、でも「ほら、ちゃんと覚えられるじゃん!」と子どもの自覚を促す。時々秋田にいたときに覚えた「〜ダス」という方言がお気に入り(?)。広報も担当する。

19年度から、準備コース専属の飯田先生と、受験コースも指導される笠松先生の二人の新しいスタッフを迎えます。これまで以上の充実をはかっていきます。これからもどうぞよろしくお願いします。